本の中の言葉
「私が黒澤さんの家へ見舞に行った時のことである。
応接間に車椅子で出てきた黒澤さんに三船さんの容態が悪いことを伝えた。
黒澤さんは暫く黙っていたが、遠くを見るような眼で、言った。
『三船は本当によくやったよ。三船に会ったら、そう言って褒めてやりたかったねえ』と。
三船さんは、そのひとことを、どんなに聞きたかったことだろう。
しかし、それは届かず、九七年十二月二十四日、ミフネ・トシロウは七十七歳で波乱万丈の生涯を閉じた。
それから九ヶ月後、九八年九月六日、偉大な映画監督クロサワ・アキラの死が世界中に報じられ一時代の終わりを告げたのである。享年八十八だった。」
「蜥蜴の尻っぽ とっておき映画の話」野上照代 文藝春秋刊