本の中の言葉

「到底たどり着けないと思っていた小説の最後の地点に、自分が立っていると気づいた時のあの気持ちは、不思議としか言いようがない。思わず『あれっ』と声を漏らし、本当にこれを自分が全部書いたとは信じられず、あたりをきょろきょろ見回している。書いたという記憶は薄ぼんやりしてはっきりせず、ただ部屋を周回した実感が残っているに過ぎないのだ。
『誰かが手助けしてくれたんだろうか』
と、私はつぶやいてみる。自分の声を聞かれたら、もうその誰かはやって来てくれないかもしれない、という勝手な思い込みから、声にならない声でこそっとつぶやく。」

「ベストエッセイ2012」日本文藝家協会編 光村図書刊
「オクナイサマが手伝ってくれるから大丈夫」 小川容洋子