本の中の言葉

 映画『突然炎のごとく』がパリで公開されたとき、トリュフォーはヘレン(ヘッセル未亡人としてパリに住んでいた)から、「私は映画を見て、生涯の最も美しい瞬間を生き直した心地がします」という手紙をもらった。「ぜひお会いしたいのですが」というトリュフォーの手紙には、しかしながら、「せっかくですが、お会いできません」という返事だった。「ジャンヌ・モローと比較されたくなかったかもしれない」とトリュフォーはあきらめる。
 その後、あるとき、ラジオのインタビュー番組で、トリュフォーは『突然炎のごとく』について語ることになり、何気なく、ふっと、「カトリーヌのモデルのヘレン・ヘッセルはもう亡くなられたでしょうが・・・」などと口走ってしまった。彼女はその番組を聴いていて、トリュフォーに手紙を送ってきた。「わたしの死を宣言されたのは悲しいことですが・・」
とうい手紙だった。そして彼女の美しい肖像写真が同封されていた。だが、それは彼女の若いときの写真だった。

フランソワ・トリュフォー映画読本」山田宏一 平凡社