本の中の言葉

 もし、私の死んでいる状態が無意識や失神状態に近いものであるなら、死とはそんなに特別に恐ろしいものではない。私たちはしばしば夢一つみずに熟睡します。
 こうした考察を通じて容易にわかるように、死が恐ろしいのは、失神の場合には、あとでそれを私に帰属させることができるのに、死の場合に限って永遠にそれを私に帰属させるチャンスが与えられないからなのです。すなわち、死の場合に限ってあとで振り返って「私は死んでいた」と語れる状況が与えられないからなのです。

 『「私」の秘密 私はなぜ<いま・ここ>にいないのか』中島義道 講談社学術文庫