文庫本の中の言葉

ーひとは思春期とともに「言葉」に出会う。肉体の成長・変化を迎えて、あわてふためき、ほとんどドロナワ式に「言葉」を用意する。しかし、死臭のただよう祖母の病床の枕もとで本をよみあさり、辞書を本のようにして読んで育った少年にとって、たしかになによりもまず先に「言葉」がやってくる。彼にとって、人生は「言葉」であった、「言葉」は人生であった。未熟な肉体はすでに爛熟した「言葉」の捕囚であった。そういうところに、三島由紀夫の人生と文学の出発がはらむ幸福も、また不幸もあったのである。

 「解説」野島秀勝 「ラディゲの死」三島由紀夫 新潮文庫