なにがあっても

知人の一人は、脳溢血で、右腕が動かなくなった。で、左手で、あいうえおの文字盤を示して、本一冊書き上げた。今ならパソコンを駆使しただろう。
全身が動かなくなる病魔に侵された編集者が、まぶたの開閉だけで、本を書いた。これは映画化されている。
声帯を奪われた友人は、携帯のメールで、長い文を書いている。
手が使えなくなったら足で、足が動かなくなったら、目で、目がだめになったら、耳で、耳が遠くなったら、口述で、口がだめなら、うごくところを探して、なにがなんでも伝えることだ。本を書き上げることだ。
表現することは生きようとすることだ。フレー、フレーみんな!