本の中の言葉

 通じないことがわかっていて話す馬鹿はいない。通じそうなところを通じそうに語ろうとする。知恵を働かすのだ。つまり、通じにくそうなところは馬鹿になる危険があるので避ける。したがって、われわれは普段、通じやすい話題か、通じやすくした話だけをしゃべることになる。
 表現という行為は、こんなところに発しているものではないだろうか。通じにくいものが捨てられないということだ。通じやすいことの表現では満たされないものがあるということである。そして、表現者とは、その通じにくいものを捨てられない者のことである。
 言いかえればこうだ。通じにくいものだけが、表現するに値する。<なにがどうした>では語れぬものだけが、表現するに値する。
  「劇の希望」太田省吾 筑摩書房