文庫本の中の言葉

 記録に徹した吉村氏の筆致の向こうから立ちのぼってくるのは、津波で死んだ人たちの声や,生き残ったとしてもなにも語らぬままこの世を去った人たちの声である。その人たちは、津波の恐ろしさを語るより、三陸の海の豊かさを語るようにも思われた。
 彼らは「津波が来るからといって、海の宝を捨てられるものか」と私の耳元で囁き、津波に襲われるまでの暮らしぶりについて、話かけてくる。そうした多くの死者たちに支えられた本書は、そのときどきの人間の過ちをもふくめて、私たちに「こうしたほうがいい」と知恵を授けてくれる。

三陸海岸津波」 吉村昭 解説「 記録する力」高山文彦  文春文庫